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2012年 02月 26日
■雨の日曜日。台北駅から高鉄に乗る。高鉄とは台湾の新幹線で、車両は日本の新幹線をそのまま使っているらしい。台中までは順調だったが、駅と駅の途中で長く止まる。台南で地震があったとかで、安全確認のために止まっているらしい。走り出してはまた止まるの繰り返しで、僕のイライラも頂点に達し、目的地の左営に着いたのは二時前であった。台北から丸三時間かかったことになる。その代わり、というわけじゃないだろうけど、こっちでは曇っているものの雨は降っていない。 左営駅の駅ビルのフードコートで昼食。蚵仔煎と台南名物の担仔麺を食べる。けっこう待たされた挙句、やっとできたと思ったら、僕はよろけて担仔麺のスープをこぼし、モヒモヒくんのズボンをびしょびしょにしてしまった。ツイてない。 気を取り直して、観光に行く。高雄の見所といえば、何を差し置いても、蓮池潭だろう。左営駅からタクシーで蓮池潭に乗りつけると、周囲に溢れる観光客の大群に出くわす。その一方で、目の前の道路を親子4人(!)で一台のスクーターに乗っていく姿などみると、あいかわらず台湾は台湾だなという実感が湧く。蓮池潭は池というよりも湖というべきもので、畔には二本の塔が立ち、巨大な竜と虎のハリボテが座している。竜の口から胎内に入り、虎の口から出てくると、善人になれるとか。僕は特に善人になりたいとは思っていないのだけど、とりあえず定められたコースを歩いてみる。竜と虎の胎内には、宗教的な絵がびっしり描かれている。 ![]() 今夜の宿のCambridge Hotel(劍橋大飯店)は中級ホテルだが、ロケーションが良い。台南の観光地の大半が周囲に集まっている。荷物を下ろして一息つきながら、テレビを点けると、今日の地震のニュースがやっている。崩れた陳列棚の映像。すごく嬉しそうに、(ほとんど目を輝かせて)地震の時の様子を説明するおじさん。この地震のせいで高鉄が止まり、僕らが高雄を観光する時間が少なくなったわけだ。 多少元気を取り戻したので、夕食を食べに行く。台南のもっとも有名な寺廟である天壇がまばゆくイルミネーションに輝いている近く、目当てのレストランに行ったが、ここは満席だった。付近のもっと庶民的な店で肉粽を食べる。これがかなりのボリューム、いかのスープ、さらに魚団子のスープも飲んで、今夜の夕食は手軽に終わり。ビールも飲んだのに、一人200台湾ドル(約550円)で済んだ。 巨大なダイナスティー・ホテルまで歩き(遠い…)、ここのナイトクラブで飲む。雰囲気は妖しいが、値段はやたら安い。今夜もゴールドメダル、おつまみはクリスピーチキン。結局は、やっぱりこの時間だよな。 2012年 02月 25日
■前日の夜、新幹線に乗って東京に出る。馬込の東京インに泊まる。ポイントも使って、一泊二千円ちょっと。部屋が煙草臭いが、値段が値段だから仕方ないだろう。 土曜日。羽田空港から台北へ出発。羽田空港の国際線ターミナルを使うのは初めて。約4時間で松山空港に到着する。機内では映画「タイム」を観たが、最後まで観終わらないうちに、台湾に着いてしまった。時間が貨幣となった近未来が舞台のSF。帰りにまた観よう。 台湾に来たのは2度目だが(トランジットホテルで一泊したのを含めると3度目)、この空港から入国するのは初めてだ。これが街の中心部にとても近い空港で、MRT(地下鉄)で15分ほどで台北駅に着く。ここから今夜のホテルへと歩く。今日の台北は雨。台北の商店街は雨をよけられるアーケードになっているところが多いので、助かる。今日泊まるLOOK HOTELに着いてみると、チェックインは3時からとのこと。一時間以上時間を潰さなくてはならない。このホテルで落ち合うはずのモヒモヒくんに書き置きを残し、街に出る。総統府を観にいくが、雨が激しくなり、靴の中まで水が染みてくる。 近くの食堂で、トロトロになるまで煮込んだ豚肉をご飯に載せた台湾の代表的な料理、魯肉飯を食べた後、時間潰しに台湾博物館を観る。面白いものはたいして何もない。向かいの分館には恐竜の化石などもあったみたいで、そっちを見ればよかったな。3時にホテルに戻り、チェックインを済ませる。しばらくすると、モヒモヒくんがやってくる。会えてよかった。連絡方法がないから、無事に台湾に着いているのかもわからなかったのだから。彼は2時頃にもこのホテルに来ていたとのことで、さっき少しだけ待てば、会えていたのだった。 だらだら話をしているうちに5時くらいとなり、夕食を食べに行く。途中、中正記念堂を覗いていく。ここには10年前にも来ているが、今も特に変わった様子はない。敷地内の音楽堂の周りで若い子達の集団がダンスの練習をしているが、蒋介石の像は十年一日のごとく同じ場所に座しているばかり。この子達が老人になる頃にも蒋介石像は今のままだろうか、あるいは台湾と中国との完全併合によって共産党に破壊されているか。 夕食は、文化食堂という店で食べる。店内はレンガの壁にタイルの床、教室にありそうな木の机。昔の映画のポスターが貼られていて、なんとも懐かしい雰囲気。席に着くと、オヤジが牛肉の炒め物、魚の煮物、青菜を運んでくる。ご飯とスープはセルフサービスで、食べ放題だ。なんとも素朴な食堂なのだが、これがなかなか美味い。というか、今回の訪台で一番美味かった料理がこれだった。 ![]() 気持悪かった靴の中も快適になり、台湾と言えば夜市ということで、士林夜市へ向かう。豪雨の中、士林駅でMRTを降り、しばらく歩いてから、士林夜市は士林駅から離れていることをやっと思い出す。ひとつ前の剣潭駅で降りるべきだったのだ。前にここに来たのはもう十年前だものね。屋根のある臨時市場に入ると、中は大変な混雑で、前に進むのもとても時間がかかる。雨が降っている分、客がここに集中したのかもしれない。ここの地下のフードコートで蚵仔煎と雉肉飯を食べる。蚵仔煎は台湾の屋台やフードコートではどこでも見かける牡蠣入りのオムレツで、上から甘辛いソースがかかっている。中には、なんだかよくわからないプルプルしたものも入っていて(後で調べたところによると、サツマイモの澱粉らしい)、これがなかなか美味い。 今日の締めに林森北路のスナックで酒でも飲もうかと思ったが、通り全体が怪しげな雰囲気。ここは日本人駐在員向けの歓楽街で、僕ら旅行者が出入りする場所じゃないのかもしれない。行き着いたのは、シェラトンホテルのバー。店内はかなり賑わっていて楽しい。客の半分近くは日本人じゃないだろうか。たっぷりの量で来たフィッシュ&チップスをモヒモヒくんと分けつつ、台湾ビール・ゴールドメダルを飲む。美味い! 暑い地域のビールらしく、癖がなくて、スッキリ。良い意味で、水っぽい。やっぱりこれだよな。飲むのが一番だ。 2012年 02月 18日
■水曜日は新潟、木曜日は松本へ行き、忙しく動き回っている。松本では、久しぶりに千石で山賊焼。前回は、誘ってくれたYさんの手前、頑張って全部食べたけれど、今度はそんなバカなことはしない。2枚分だけ食べ、残り1枚分はパックに詰めてもらって、持ち帰る。それは家で双子がぱくついた。 ■金曜日。仕事帰りに、家族で長野灯明まつりを見ていく。路上に並べられた灯籠のそれぞれの絵柄に大騒ぎする双子。この子達は本当にライトアップ系への反応がいいな。山道近くのレストランさくらで夕食。もっと来なかったのがもったいないと思うほど、やはりここは美味しい。店内が明るく温かい雰囲気で楽しい。前、ここで食事をした時は、双子はまだベビーカーに乗っていた。そのベビーカーを今回の引越しで処分しようとしている。こうやって物事は少しずつその姿を変えていく。 青くライトアップされた山門や赤くなった本堂を見て、いいかげん子供達の手も冷えてしまい、車に乗って帰る。 ![]() 2012年 02月 13日
■Yさんに誘われて、善光寺の灯明まつりに合わせて行われるイベント「門前そば屋のそば食いねぇ」に参加してきた。どの店でも、半ざる・半かけが300円。7店ハシゴした。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 02月 12日
■近くのスーパー銭湯湯あそびひろばぶらっとへ行く。僕はシュンと、妻はジュンと入る。今日はちびっこどうぶつ風呂の日。どんなかと思ったら、露天風呂におもちゃの動物がたくさん浮いている。夢中で遊ぶシュン。フロントでもおもちゃを貸してくれるし、子供ウェルカムな銭湯施設らしい。清潔な感じで、広々としており、なかなか良いんじゃないかと。 エピシェールでパンやシチューを食べ、家で昼寝させる。子供が寝ている間、僕は外に出る。ツタヤでデスパ妻借りようとしたら、まだ一週間レンタルになっていなかった。新潟に引っ越してからだな。 夜は、ステーキ、サラダ、マッシュポテト、えのきのバターソテーに、妹からもらったスパークリングワインを開ける。妹は旅行代理店に勤めていた頃は、僕が海外旅行に行くたび、チェコやロシア、イタリアなど各地の高級ホテルを信じられないような値段で予約してくれた。ワインの輸入代理店に転職してからは、たびたび良いワインを僕に送ってくれる。まったく、持つべきものは妹なのである。何かお返ししたいけれど、僕の仕事では何もなくて、姪のために古着(しかも西松屋)を送るくらいしかしていないのだけど。 ■世間のことには無関心だけど。最近あった事件で、母親が生後一か月の子供を殺したという話。殺した理由が悲しい。視線の合わない我が子を自閉症と疑ってノイローゼになったということだ。 生後一か月で何がわかるかバカ、と言いたいところだけど。この母親の気持、自分はよくわかる。僕自身が双子が生まれてから三か月くらいの頃、やはり同じことで悩んでいたものだから。双子を比べてはいけないと理屈ではわかっているけれど。同じ月齢の赤ん坊が二人入れば、無意識のうちにも比べてしまうのも仕方ないことだ。ジュンは生まれて間もないころから、親としっかり目を合わせてニコニコ笑っていた。一方のシュンは電灯を見つめるばかりで、親のいることなんて気づいていないよう。頭が少し大きかったことも含め、シュンは病気かもしれないと思い始めると、その先はもう出口の見えない迷路の中だった。 三か月になろうとする頃、突然悟りが降りた。そんなことで悩んでいったい何になる。自閉症とわかったところで今できることは何もないのだから。それよりも二度と来ないこの時を大切にし、親と子供の絆を深めよう。愛情さえあれば、きっとどんなことだって受け止められるはず。 初めて心がすっと軽くなった。その翌日だったか、寝起きのシュンが僕の顔を見て、にっこり笑ったのだ。僕は感動した。思わず叫んでしまった。今だって障害がある可能性はゼロではないだろう。でも、もう恐れてはいない。障害があろうがなかろうが、二人は僕の子だ。結局、子の障害の可能性と向き合う時、親にとって一番苦しいことは、様々な現実の問題以上に、我が子が得体の知れない何かであるように思い込んでしまうことではないのかと思う。誤解を恐れずに言えば、自分がモンスターを産んでしまったような恐怖。 目の前にいる子供の等身大の姿を見て、愛おしいと思う。その時、親は子供を知っている。行く先に様々な現実の問題が待っていたとしても、少なくとも親は子供を恐れてはいない。事件の母親も、もうしばらく耐えるべきだった。殺された子供に障害があったのかなかったのかはもはやわからない(たぶん、なかっただろう)。でも、彼女はやがて知ったはずだ。それは親と子の関係にとって、実はそれほどたいした問題ではないということを。 2012年 02月 12日
■金曜日。家でトマト鍋食べながら、妹からもらったドイツの甘い白ワインを飲む。ひどくだるくなってきて……、皿洗いも、湯船に湯を張るのも、双子を風呂に入れることも、自分の役目すべてを放棄して寝込む。目が覚めた時は、もう翌日の朝。風邪の引き始めだったのだろうが、引っ張らなくて良かった。 ■土曜日。妻は家で引越しの見積の相手。僕は双子をイトーヨーカドーへ連れていく。5階のゲーセンで一回200円(!)で、トーマスの乗り物に乗せてやる。あと、100円で歩き回るパンダ、キリンも。市内巡回バスにも乗せてやったし、奴らも満足だろう。 妻を拾って、近くのトワサンクで昼食。僕がチョコレートケーキを食べると、シュンはケーキに乗っているイチゴをひょいとつかんで口の中へ。ジュンが、僕のは?という顔。妙齢のウエイトレスさんがイチゴをひとつジュンのために持ってきてくれた。ありがと。 前から予告のあったからあげクン来店を楽しみにローソンへ行く。でも、からあげクンはどこにもいなかった。からあげクン帰っちゃったのかな?などと話していると、店長に聞こえたようで、店の奥から現れた! からあげクンのかぶり物! ローソンで売っているからあげクンがパッケージのまま歩いてる! 怖がるかと思ったシュンは全然臆することなくからあげクンに触る。ジュンの方が引いてしまい、慣れるまで少し時間がかかった。からあげクンチーズ味を買って帰る僕らを、からあげクンは店の外まで見送りに来てくれた。とても人懐こいかぶり物なのである。 引越し業者も決まったし、ダンボールが届いたら、いよいよ本格的に片付けをしないと。 2012年 02月 06日
■土曜日は、支援センターの父親参加日に自分も参戦し、よそのパパママに混じって子供達と遊ぶ。パラバルーン遊びは良かったな。大きな円形のビニールシートの周辺をパパママが持って上下させたり、床につけてドームを作ったり。その中を子供達がはしゃいで走り回る。 昼食はミールマーマのビュッフェ。例によって、食べ過ぎ。 ■日曜日は、僕が双子を連れ出し、長野市少年科学センターと城山動物園で遊ぶ。モノレールが改装中。富士急ハイランドの後遺症で、シュンがメリーゴーラウンドを恐れないか心配だったが、楽しそうに乗ってくれて一安心。 昼食はキャナリィ・ロウ。大混雑で、ちょっと待つ。ここはチェーン店なのに、なんでこんなに美味しいんだろう? 食べ放題の前菜も良いし、パスタも激ウマだが、食後のケーキの盛り合わせがまったくたまらない。ワゴンから3つ選ぶ形式で、今日は僕はシフォンケーキ、モンブラン、パリブレスト。シフォンケーキは半分を双子に食べられてしまった。こんな美味しいレストランとも、もうすぐお別れだけど。 最近は家での昼寝が習慣づけられてきたようで、シュンはもちろん寝つきの悪いジュンも寝てくれる。でも、昼寝をさせてしまうと、夜なかなか寝ない。夜は家でサムギョプサルをしたのだけど、キムチがないとかいったい何事だ。美味しかったけどさ。 2012年 02月 04日
■会社を早退し、家族と食事を摂った後に病院へ行く。痛風の治療のため。でも、医者はまた薬を出してくれただけで、血液検査もなし。自分から「この薬、肝臓に負担がかかるらしいけど、検査しなくて平気?」と訊いてみるも、先生は「通常の半分量だから平気平気」と。ホンマ? ちなみに、昼食はホテル信濃路のランチビュッフェ。ポイントカードがいっぱいになっていたので、一人分の料金で4人が食べられた。双子はすごい食欲を示して、チキンカツを頬張り、うどんをすすり、デザートにゼリーを流し込む。(ポイントカードを使った)今日は特別にしても、こんなに安くランチを食べられる店は日本中にもなかなかないだろうな。双子が料金をとられるようになるまで、ビュッフェレストランは実にありがたい存在なのである。 ■世の人はみんな双子が大好きだ。この子達がまだ0歳の頃、二人乗りバギーを押しつつ横浜の繁華街など歩くと、ひっきりなしにおばさん(たまに若い女性も)が話しかけてきた。かけられる言葉は「双子ちゃん? かわいいわねえ」か「双子ちゃん? 大変ねえ」。あるいは「うちも双子なのよ」。 そう、大変じゃないかとよく訊かれるけれど。確かに少しは大変かもしれないけど、意外とそうでもない。産まれてから一ヶ月半の間は、僕も仕事を休んでずっと家にいた。帝王切開で動けない妻に代わって、僕が買い物をして、料理を作り、後片付けもしてから、泣く赤ん坊をあやす。こっちの鼓膜が破れるような声で泣き続けるシュンは確かに強敵だったが、もう一人のジュンはいつもニコニコしていて、すごく助かった。 その難所を超えたら、思ったよりも緩やかな道が続いていた。双子は互いを友達として遊び始め、前衛的な漫才(どんなだ?)のような会話を交わしている二人を、親は近くで見ているだけでいい。一人っ子だったら、子供だけでは間が持たなかったろう。もちろん親が相手をしてあげる時間は今も多い。だけど、絵本を読んであげれば、ちゃんと二人同時に聞いている。双子だから、絵本を読むのも一人っ子の二倍というわけではないのだ、当たり前ながら。 あと、一人が悪質ないたずらをすると、もう一人が静止してくれるようになったのも、わりと頼もしい。別に役割分担が決まっているわけでもなくて、シュンが悪い子の時はジュンが良い子役。その逆もある。思い出してみれば、赤ん坊の頃から二人同時に手がかかるということはあまりなかったな。一人が騒いでいる時は、もう一人はおとなしく待機。相手が収まってから、ようやく騒ぎ出す。自分の出番じゃないってことを本能的に知っていたのかも。 にほんブログ村 < 前のページ次のページ >
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