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2012年 05月 27日
■金曜日。シュンがおたふく風邪。病院に連れていく。体温を図ると、38度を超える高熱だった。「おねんねごっこだよ〜」と僕がベッドに押さえつけている間に、看護婦さんが坐薬を入れ、耳たぶを切って採血。少しも泣かず、キョトンとしていたシュン、えらい。ジュンも熱があるので、もう移っているかも。 昼食は近くのトンカツ屋で。僕のたれカツの中にサランラップが混入していた。剥がし忘れたまま揚げてしまったのだろう。指摘すると、向こうは恐縮して、食後のアイスクリームを無料で付けてくれた。それで充分だと思っていたら、僕の分は無料にしてくれて、なおかつ千円分の無料券もくれた。こっちが悪いことをしたような気になった。 ■土曜日。東京に新幹線で出て、歯医者。その後、FINLAND FEST。感想。 ・ PROFANE OMEN 約10分遅れで会場入り。すでに演奏が始まっている。トップバッターはSWALLOW THE SUNだと思っていたから焦っていたが、このバンドならそんなに急ぐこともなかったな。 このフェスのために作った新曲「Hyena Samurai」が披露される。「ウォ~ウォウォ~ト~キオ~」とみんなで歌う。このバンドはロックンロールとデスメタルの融合したような不思議な感覚が持ち味だと思っていたが、この曲はむしろオーセンティックなヘヴィメタルの印象を受ける。全体的にバタバタした演奏だったが、客席は意外なほどの盛り上がり。様々なバンドが集結するフェスでは、勢いのある曲を持っているバンドが有利なのだろう。 ・ SWALLOW THE SUN 個人的な真打ち。似たり寄ったりになりがちのメタル界において、メランコリックに美しいメロディをドゥーミーに演奏する彼らの音楽は、唯一無二、とまでは言わないものの、十分な個性を持っている。もの悲しいSE(歌入り)が流れ、新譜のタイトルトラック「Emerald Forest And The Black Bird」からライヴが始まった。重い! 哀しい! それが気持ちいい! CDで伝わってくるあの独特の空気をライヴでもしっかり再現できている。ニット帽をかぶったボーカルは煙草を喫いながら、ヘヴィなグロウルを披露。これがまた、なんとも美しい。 続いて、新譜の2曲目「This Cut is the Deepest」。この曲は全編クリーンボイス。声は良いんだけど、弱いな。自己主張なく楽器の中に埋もれながら流れていて、こういう曲ならボーカルはもっと前に出ないといけないだろう。そのクリーンボイスの弱さは結局最後まで印象に残ってしまったような。 「Cathedral Walls」では女性ボーカルのパートは同期音源。生で歌ってくれたら、ずっと盛り上がるのにと思いながら聴いていたが、後で調べたところによると、これを歌っているのはNIGHTWISHのアネッテ・オルゾンなのね。そりゃ連れてこれないわ。改めて自分はアネッテの声が大好き。NIGHTWISHで歌っている最中に、オーディエンスから前任者のターヤコールを受け、泣き出してしまったということもあったアネッテだけど、自分は断固としてアネッテ派です。フィンランドで乗ったタクシーの運転手にもそう宣言しておきました。 場内は、曲が曲だけに盛り上がるという感じではない。でも、曲が終わるたびに大きな拍手。ここ日本でも彼らの来日を待ちわびていた人がこんなにたくさんいたということだろう。〆はファーストアルバムから「Swallow(Horror Pt.1)」。 ・ INSOMNIUM 場内は少し隙ができたように見える。しかし、新作「One For Sorrow」の冒頭のインスト「Inertia」が流れ出すと、大きな歓声。好きなバンドではあるが、彼らの曲はSWALLOW THE SUNが速くなったようなものだという印象を持っていたのだけど。ライヴで両方のバンドを続けて聴いてみると、INSOMNIUMのスラッシーと言えるほどの激しいリフの波状攻撃に、やはり違うジャンルのバンドなのだなと思う。しかし、それ以上にドラムがドコドコうるさくて、彼らの大きなウリである美メロがいまひとつ響かない。「Down with the Sun」など、リフまで音の洪水の中に埋もれてしまい、途中まで何をやっているのかよくわからなかった。 一時聴きまくっていた「The Mortal Share」はイントロの「The Gale」をSEで流してもらいたかったな。一瞬の静寂から炸裂するところが大好物なので。〆は「One For Sorrow」のタイトルトラック。クリーンボイスのパートを聴いていて、わりとフックのある曲だったんだなと気づく。全体的には必ずしも良い出来ではなかったように思うのだけど、今日出演したバンドの中で一番客席が盛り上がっていたのは彼らだったかもしれない。 ・ ANTHEM 別に見たくないので、ロビーでしばらく過ごす。知った人もいたので、軽く挨拶など。だんだん居場所がなくなったので、場内に戻る。2曲だけ聴く。このバンドを見るのはLOUD PARK 07以来か。去年のOUTRAGE同様、がっちりファンベースを築いている人達なので、前列はそれなりに盛り上がっている。 坂本氏は、来年もFINLAND FESTに出る宣言。……そうですか。演奏に関して言えば、キャリアが長いわりに、ごちゃっとして感じたのだけど、それがまたジャパメタの曲らしさを醸し出していたとも言える。〆は「Wild Anthem」。 ・ AMORAL メタルアイドル、アリ・コイヴネンくんが加入したAMORALがトリで登場。CDを聴いている分には、曲にフックがあるわけでもなし、取り立てて言うほどの個性があるわけでもなし。あまり期待していなかったのだけど。 新譜のリーダートラック「Beneath」のイントロがSEで流れ、演奏に入った瞬間、その格好よさに持っていかれてしまった。これまでのバンドとはレベルの違う演奏力、それに加えて音の分離の良さ。曲があまり好みでなくとも、本当に上手い演奏にはそれ自体で人を惹きつける力がある。フロントマンのアリ君はとても小顔で、そのままで充分かっこいいのに、なぜか帽子にサングラスというちょっと不思議な姿。でも、やっぱり歌声もかわいい。グロウルでさえ、おやおや頑張っているな的なかわいさがある。若さを漂わせながら、会場の隅々まで通るアリ君の声はちょっとカラオケ的に感じないでもない部分があるが、それも彼のキャラクターと相まって、アリ(有)と感じてしまう。 客の大方は様子見風情で、それほど盛り上がっているとは言いがたかったが、これだけの演奏が聴けるのなら、これは間違いなく良いライヴだった。友人のモヒモヒくんと約束があったので、最後の曲の途中、後ろ髪を引かれる思いで会場を後にする。たぶん、あの後にアンコールもあったんだろうな。3年連続で参戦したFINLAND FEST。とりあえず、以前から聴き続けてきたSWALLOW THE SUNとINSOMNIUMが生で見られて、なかなか満足だった。 渋谷のハチ公のところでモヒモヒくんと待ち合わせ。2時間ほど居酒屋で飲む。渋谷駅で別れて、赤坂のカプセルホテルに泊まる。カプセルホテルなんて、本当に久しぶり。大浴場もあったけど、カプセルで寝るのはあまり良いもんじゃないな。 2012年 05月 21日
■日曜日。家族で新潟市のはずれ、多宝温泉だいろの湯へ行く。今日はこの前とは反対に自分はジュン、妻はシュンと入る。緑色に濁った露天風呂。藻の発生した池のよう。でも、(当たり前だけど)温かい。食堂でミックスフライ定食など食べて、家に帰る。 夜は韓国料理屋で某航空会社との飲み会。別に行かなくてよかったな。年長者ということで、たくさん金取られるし、韓国焼酎飲みすぎて悪酔いするし。これからは付き合いの悪い先輩に徹しよう。この目には、妻と子供達のことしか映らない。他人なんてこの世に存在しないもの。 2012年 05月 11日
■水曜日。前夜に夜行バスで新潟を離れ、5時頃に新宿駅に着く。それほど遠くない場所に漫画喫茶を見つけ、9時までぐっすり眠る。バスの中では一時間くらいしか眠れなかったのだ。 午前中から歯医者。実は右の前歯はまだ感染根管治療が終わってなかったらしい。根管の奥にヌルヌルした黒いものが詰まっているということで、それを掻き出す作業。そんな具合だと、今回も完治するかちょっとわからないな。歯の中の菌をゼロにすることはできない。後は免疫力で殺していくしかないということだ。 とりあえず違和感が消えて、嬉しくなったので、東京駅のライオンで鳥のから揚げを食べながら、ビール。から揚げに被りつくと、ボキッと仮歯が折れた。歯医者に取って返す。 再び仮歯を取り付けてもらい、疲れ果て、新幹線で新潟に帰る。 ■木曜日。家族で月岡温泉へ。どこかで入浴しようと迷い、最初に公衆浴場のほうづきの里へ行ったが、なんだかぱっとしない。大型ホテルの清風苑で値段を訊いてみるも、ここは2歳児でも大人と同じ料金を取る。一人千円で、家族で4千円。ちょっと無理。結局、ホテルひさご荘が大人一人800円、子供は無料でいいということで、ここの風呂に入る。双子は二人とも妻と入りたがったが、なんとかなだめすかして、シュンは男湯の方に。 緑色のお湯。ぬるぬるして良い気持。露天風呂では、男湯と女湯を隔てるのは一枚のボードで、他にお客さんもいなかったから、互いに壁を叩き、声を掛け合って遊ぶ。 月岡わくわくファームの中にある農家レストランぶどう畑で昼食。新潟に着てから初めて良いレストランを見つけた。ビュッフェレストランなのだけど、野菜中心のメニューでとても美味しいし、体に良さそう。双子もすごい勢いで食べた。ここはまた来るだろうな。でも、同じ敷地内にあるイタリアン・レストランも良さげなので、次はそっちに入ってみたいと思う。 帰り道、福島潟にある施設も覗いていく。無料で入れるスペースには展望台と売店があるだけ。夕食は、家で麻婆豆腐。 2012年 05月 10日
■火曜日。今日はペナンからクアラルンプールに移動。ホテルをチェックアウト間際に、自分のiPhoneが行方不明になり、みんなに探してもらう。結局、カバンの中から出てきた。申し訳ない。 タクシーで空港へ行き、エアアジアXでクアラルンプールへ。ここから母と妹達とは別行動になる。母と妹達はブキッ・ビンタンのファーレンハイト・スイートに泊まり、うちはブキッ・ナナスのシャングリ・ラへ。これは旅行で極力キッチン付きのコンドミニアムを選ぶ妹&母と高級ホテルを愛する僕との好みの違いである。それに、エクスペディア経由で予約すると、ファーレンハイト・スイートは子供2人を連れての宿泊の場合、大部屋該当になってしまい、やたら値段が高い(信じがたいことだが、シャングリ・ラの方がずっと安かった)。子供なんて黙って入れてしまえばわからないと思うが、12歳以下は無料ですとはっきり謳ってくれるシャングリ・ラの方が安心感がある。 はたしてシャングリ・ラは素晴らしいホテルだった。ゴージャスなロビーに流れるピアノの生演奏。チェックイン時にうちの双子がぐずっていると、チュッパチャップスをもらって、奴らも大喜び。フロントには日本人スタッフもいて、いつでもヘルプしますよという態勢である。部屋はあからさまに豪華でもないが、充分に広く、心地良い。お腹が空いたので、一階のベーカリーで昼食にしたが、店員のフレンドリーな対応に感心する。双子を散々かまってくれて、サービスで大きなチョコレートももらい、頂いたバケットサンドウィッチとロブスターのスープはとても美味しかった。このホテルに滞在するだけで、充分楽しめそうだ。 ![]() シャングリ・ラに帰ると、夜のカフェではジャズの演奏が行われている。女性シンガーの素晴らしい歌が聴ける。このホテルはまったく最高だな。この人生で泊まったすべてのホテルの中で、ここが一番かもしれない。 子供達の寝た後、小雨の振る中、一人で夜の街を散歩。このホテルの界隈は意外と歓楽街のようで、どぎついネオンが点り、バーにたむろする白人達とそれにつきまとう怪しげな女達の姿。ライトアップされたペトロナス・ツインタワーを見て、ホテルの部屋に帰る。 ■水曜日。シャングリ・ラの朝食ビュッフェ。迷って困るほどいろんなものがあって、どれもみな美味しい。でも、朝からそんなにたくさん食べられるものでもない。 午前中はずっと、KLタワーを間近に見上げるシャングリ・ラのプールで遊ぶ。僕は双子と水の中で戯れ、妻はデッキチェアで村上春樹を読んでいる。そんな妻のところへオレンジジュースと林檎のサービス。妻がピニャ・コラーダを注文すると、一杯1200円くらいだった。 ![]() いつのまにか外は豪雨。子供達が乗りたがったので、モノレールだけ乗って、ホテルの部屋に帰る。結局、クアラルンプールでは観光らしい観光は何もできないな。前に来た時に一応見ているから、別にいいけどさ。 夜はまたタクシーで妹の部屋へ。道路はひどい渋滞で、時間とお金がものすごくかかる。みんなで妹のホテルの近くのデパートの中にあるスチームボートの店へ。海老とか貝とか、自分の痛風に悪そうなものをたくさんいただいた。 ■木曜日。マレーシアから帰る日。午前中、一時間ほど、子供達とプール。ここで体力を削っておけば、飛行機の中で眠ってくれるはずだ。 さよなら、シャングリ・ラ。今回の旅行で一番素晴らしかったものは、やはり君だろう。強い感銘を受け、思わずカードキーを記念に持ち帰ってきたくらいだ。 期待通り、子供達は帰りのフライトで数時間は寝た。夜遅く羽田空港に到着。そのまま羽田空港第2ターミナルに隣接した東急エクセル・ホテルに泊まる。しかし、このホテル、国際線ターミナルからは予想外に遠く、一泊29000円って高すぎるんだよ。中身は単なるビジネスホテルのくせに、シャングリ・ラ・クアラルンプールの2泊分の料金って。しかも、開いているコンビニもなく、小腹の空いた僕はホテルのレストランで1900円のビーフカレーを食べる羽目になった。すごく美味しかったけどさ。 朝食ブッフェも久しぶりの日本食がなかなか美味しかった。新幹線で新潟に帰り、すぐに出勤する。そのまま一日働いた。僕の春休みがこれで終わり。歯の調子が時々気になったけど、良い旅行だった。 2012年 05月 10日
■日曜日。午前中はプール。姪は今日は泳がないというので、僕と妻で双子を遊ばせる。 昼から僕は自分の家族と外出。ホテルからタクシーに乗って、ジョージタウンへ行く。タクシーを降りたのは、イースタン&オリエンタル・ホテル。ジョージタウンではもっとも有名なクラシックホテルで、観光名所のひとつとなっている。 このホテルのファインダイニング「The 1885」でハイティーを摂ろうという魂胆だ。海辺のオープンエアの席を家族4人で囲む。あいにく時間が合わず、ハイティーはまだやっていなかった。仕方なく、自分はリブバーガー、妻はフィッシュ&チップスをもらう。だが、これが美味い! オーソドックスながら、マレーシアの市井ではなかなか食べることのできない洗練された味。オレンジジュースを啜る子供達に注意を払いながらも、優雅な気分でワインを飲んでいると、海外旅行に来ているという実感を今ようやく覚えることができた。うちは家族4人とも高級ホテルが大好きだ。双子はまだ2歳なのに、高いホテルの中にいる時は明らかに浮かれて見える。 少し観光もしようかと、イースタン&オリエンタル・ホテルからタクシーに乗り、一番見たかったプラナカン・マンションへ行く。……つもりだったが、タクシーの運転手が道がわからず、同じところをぐるぐる回るばかり。ついにキレてタクシーを降りる。リトル・インディアの見知らぬ街角に家族4人で立ち尽くし、途方にくれていると、後ろからおじいさんの運転するトライショー(観光用自転車)がやってきた! プラナカン・マンションを知っているかと訊くと、ちゃんと観光地図まで持っていて、これでいいんだね?と。自転車の前にある座席に家族4人で乗り込む。これで大通りに乗り出していくんだから、ちょっと怖いけれど、人力で走るトライショーはのんきで気持いい。 ![]() あっという間にプラナカン・マンションに着いた。おじいさんは前庭で僕らを待っていてくれると言う。このプラナカン・マンション、建築が好きな自分にとっては、まさに見たかったもの。プラナカンとは東南アジアで土着化した中華系の人々のことで、これはかつて現地で繁栄を誇った彼らの豪邸である。それぞれの部屋を飾る過剰なまでの装飾には、中国的なものを基本としながらも、西洋文化の影響も見られ、なんともコロニアルな印象。雰囲気を盛り上げるドレス姿の美女も登場し、思わず撮影に夢中になる。双子も機嫌よく家の中を歩いて回り、ここはまったく見に行ってよかった。 ここから先ほどのトライショーに乗って、イースタン&オリエンタル・ホテルまで戻ると、えらく遠かった。坂道ではおじいさんは自転車から降りて、うちの家族が座るトライショーを押す。その奮迅ぶりに、40RMというぼったくりな金を請求されても、嫌と言えなかった。イースタン&オリエンタル・ホテルからタクシーに乗り、パラダイス・サンディビーチ・リゾートに帰る。 夕食はみんなでホテルから数百メートルのオープンエアの海鮮料理屋へ行く。魚とか海老とか蟹とか、みんなおいしかったけれど、このレストランにはサテの屋台も出ていて、子供達が夢中になったのは、こっち。シュンが一人で4本、ジュンが3本半、姪が2本。サテって味付けがとても甘いものね。 ![]() ■月曜日。双子は僕がフランスから買ってきたメタルTシャツを着る。シュンがIN FLAMES、ジュンがDIMMU BORGIR。妹に笑われた。 「お兄ちゃん、自分の子供はへヴィメタに染めたくないって言っていたのに」 今日はみんなで朝食を外で食べる。バスでジョージタウンに出て、飲茶の店に入る。ものすごく広い店で、しかも賑わっている。ここに来たら、食べるものはとにかく点心だよな。カウンターや巡ってくるワゴンを覗き、おいしそうな点心を片っ端からもらう。 ジョージタウンのランドマークである巨大ビル、コムターに行って、中のスーパーマーケットで買い物。みんなはバスでホテルに戻るが、僕一人だけ残って、ジョージタウンを見ていく。ガイドブックに出ているような建築物を駆け足で回る。アチェ・ストリート・モスク、クー・コンシ(道教寺院)、ヤップ・コンシー(道教寺院)、カピタン・クリン・モスク、マハ・マリアマン寺院(ヒンドゥー寺院)、観音寺(道教寺院)、セント・ジョージ教会、カトリック教会……。こうやって見て回るだけで、マレーシアという国が、人種と宗教のモザイクであることがわかる。 チョン・ファッ・ツィー・マンションは、昨日見たプラナカン・マンションと同様、プラナカンの栄華を今に伝える大邸宅だ。緑色のプラナカン・マンションに対し、ブルー・マンションと呼ばれているらしい。しかし、こっちは内部見学は一日に3回だけのツアーに参加しなければならず、外見を見るだけで満足するしかなかった。18世紀に英国東インド会社のフランシス・ライト提督が上陸した場所に建設されたコーンウォリス要塞も見たが、こっちはレンガの城壁が残っているだけで、中はほとんど何もない。 ![]() バスに乗って、タンジュン・ブンガへ帰る。ホテルに着いたのは、2時頃。双子と姪をプールに連れていく。義弟もたくさんうちの双子と遊んでくれた。 夜、小腹が空いたので、また妹と義弟とホテルの向かいのインド料理屋へ行く。帰り、セブンイレブンに寄ったら、マレーシアのメタル雑誌を発見。JUDAS PRIESTやEVANESCENCEの特集。EVANESCENCEは最近、マレーシアでライブを行ったらしい。マレーシア国内のメタルバンドなども掲載されていて、興味深かったが、まあいいやと買わないでおいた。 2012年 05月 07日
■マレーシア旅行。いやあ、ペナンに着くまでが遠い。 職場(定時まで仕事)―(徒歩)→新潟空港(妻と子供達と集合)―(バス・約30分)→新潟駅―(新幹線・約2時間30分)→東京―(山手線・約5分)→浜松町―(モノレール・約15分)→羽田空港国際線ターミナル(母と妹一家と落ち合う)―(エアアジアX・約7時間・飛行機の中で日付が変わる)→クアラルンプール―(エアアジアX・約1時間)→ペナン―(タクシー・約30分)→パラダイス・サンディビーチ・リゾート 職場を出たのが、26日の17時過ぎ。ホテルに着いたのが、27日の11時頃。日本とマレーシアには一時間の時差があるので、19時間ものあいだ移動していたことになる。大人だってしんどいのに、うちの2歳の双子、1歳の姪はよくぞ頑張った。羽田からクアラルンプールまでは深夜のフライトで、そこを一番心配していたのだけど、子供達はほとんどの時間を寝ていてくれたらしい。「らしい」というのは、僕一人だけ機内の座席が家族と離れていたからだ。 飛行機は初めて乗るLCC。羽田で荷物を預ける時に気づいたのだけど、行きの飛行機は(前述のように)僕一人だけ座席が家族と離れている。帰りの便なんて家族がほぼバラバラの状態。2歳の子供が一人きりで座っていられるわけがない。席を変えてくれとチェックインカウンターのお姉さんに頼むも、行きは満席なので無理、帰りは自分でインターネットから操作してくれと。これがLCCということなんだろう。座席の前後の間隔は思い切り狭い。機内食は出ないので、CAにサンドウィッチを頼むと、ないからこれでも食っていろとマレーシア料理のナシレマ(ココナッツミルクで炊いたご飯)を持ってきた。いや、それはちょっと違うだろうと。だけど、こうした諸々のことも諦めるしかない。安いというのはこういうことなのだ。 今回ペナンで泊まるのは、パラダイス・サンディビーチ・リゾート。ジョージタウンの近郊、タンジュン・ブンガの海辺に立つ巨大なホテルである。うちと妹達が2ベッドルームの大部屋をシェアして使い、母親が別の部屋に泊まる。窓の外は一面の青い海。時々、パラセーリングの鮮やかなパラシュートが眼下を横切っていく。こんな場所に一族で旅行なんて、この上なく楽しいことだが、僕は治療中の前歯が気になる。24日に根管の掃除を済ませてきたのに、まだ違和感が消えない。本来楽しむべき時に気に懸かることがあるという状況が自分は大嫌い。完全に治してから旅行に来たかったが、間に合わなかったのだから、これは仕方ない。 僕らが滞在するタンジュン・ブンガは美しい海とホテル、レストランばかりのエリアで、見て回るようなものはない。今回は家族でまったりと過ごすための旅行だから、これでいいのである。この日も近くのショッピングセンターにタクシーで行っただけ。子供達はゲームセンターでとても小さなメリーゴーラウンドに乗る。馬(というかキリン)が3匹だけのメリーゴーラウンドが双子と姪で満席になると、ムダなく活用しているような気になって、なんとなく嬉しい。このメリーゴーラウンドは、長野の城山公園に置いてあったものとほぼ同じもので、思わぬ場所で旧友に会ったような気になる。 このショッピングセンター内のフードコートで遅い昼食を摂り、夜は小腹の空いた僕と妹夫婦だけがホテルの向かいにあるインド料理屋に行く。完全なオープンエアの店で、ご馳走はカリーと東南アジアの夜の艶めかしい空気。義弟は初めて食べるバターマサラに感動。結局、ここには後日また食べに来ることになった。 ![]() ■土曜日。このホテルでは、この数日間、どこかの宗教団体の大規模なイベントが開かれているらしい。ヒンドゥー教だろうか、サリーを着て、額に赤い点を付けた人達がホテルに溢れている。彼らは朝と夜、海岸に出て、足を波に漬けたまま立ち尽くしている。別に悪い感じの人達ではないが、とにかく数が多い。朝食のレストランでは、自分達の席を見つけるのに苦労した。僕らの部屋は19階にあるのだけど、エレベーターを呼んでもなかなかやって来ない。ロビーは常にごった返している。正直、早くいなくなってくれると、ありがたいのだけど。 だけど、ホテルのスタッフはすごく感じが良い。ホテルの玄関の辺りにいつもいるインド系のおじさん。うちの双子と会うたび構ってくれる。双子もすっかりいい気になって、おじさんの真似をしたりハイタッチを交わしたり。この人に限らず、マレーシアの人達はうちの子供をとても可愛がってくれた。ホテルの従業員が客に親切なのは当たり前かもしれないが、空港やホテルや街で接する普通の人々が頻繁に僕の子供に声をかけてくれる。これほど子供に優しい国があったのか。子供を受容できない人間は子供。子供を受容できるから大人。僕はそう考えているけれど、その意味で、マレーシアはとても大人の国だった。 この日の午前中はホテルのプール。双子と姪をたくさん遊ばせる。昼は近くの食堂でチキンライス(ローストした鶏肉をチキンスープで炊いた米で食べる料理。日本のケチャップライスではない。)を食べ、夜はガーニー・ドライヴのガーニー・プラザでスチームボート(火鍋)のビュッフェ。スチームボートは中華料理なのに、店の名前は「SEOUL GARDEN」。なぜかと思ったら、この店は鍋の周りが網になっていて、焼肉も同時にできるのであった。でも、どっちもあまりおいしくなかったというオチ。 2012年 04月 24日
■火曜日。歯医者のために新幹線で東京へ。長岡にも根管治療の得意な歯医者を見つけ、そっちはハイブリッドセラミックを使うので、値段も二本で24万円と、いくらか安かったのだが、予約が取れなかった。マレーシア旅行の前に治しておきたかったので、結局虎ノ門の歯医者で治すことにする。 治療開始。ラバーダムで口を覆ったり、マイクロスコープで覗いたり、何かと最先端。先生が前歯を削って中を開くと、途端に臭いがしたそうで、やはり根管が細菌感染しているらしい。口の中を散々ドリルで削られ、こっちは恐ろしくて汗びっしょり。すると、先生に「歯医者好きなんだねえ」などと嫌味を言われ、大金払ってるのになんだこいつはと思いながら、口の中で凶器を使われているので、おとなしく治療を受ける。八割がた根管を掘り起こし、大きな仮歯をつけると、違和感たっぷりだが、これは仕方ない。 夜はモヒモヒくんと飲む。自分としては居酒屋の後にバーに行きたかったのだが、モヒモヒくんの希望でカラオケへ。SONATA ARCTICAなど歌う。この前も泊まった関内のウイング・インターナショナルに泊まる。 ■水曜日。今日の歯医者は3時半から。ホテルの前のマンガ喫茶で時間を潰す。ゆっくりし過ぎて、歯医者に着いたのは予約ぎりぎりの時間だった。 上の左右1番とも中を綺麗にし、左は充填物も詰めた。右は空洞のままで、次回問題がなければ、同じように充填する。大き過ぎる仮歯が鬱陶しいが、感染を治したので、スッキリしたような。前歯のズキズキ、歯ぐきのムズムズする感じがなくなった。 新潟に戻り、駅で迷ったせいで、バスに乗り遅れる。一時間待ち。駅前の店でラーメン食べながらビールで時間を潰す。 2012年 04月 21日
■とても暖かい日。新発田城を見に行った。桜も満開で、たくさんの人が出てきている、屋台も並んでいる。城の中をぶらぶらと歩き、中国人旅行者のためにカメラのシャッターを押してあげたりする。子供達がソフトクリームをせがんだので、屋台で買おうとしたら、長蛇の列。仕方なく、帰りの道の駅豊栄でソフトクリームを買った。こってりと妙においしいソフトクリームだと思い、後で調べたら、ここはソフトクリームが評判の道の駅ということ。道の駅の裏手にはダチョウ牧場があって、大きなダチョウがくちばしをパクパクさせている。僕がダチョウに近すぎる、危ないからもっと離れろと、ジュンが訴える。この子は家族思いだ。 眠くなって、家でたくさん昼寝。起きたら、家族はみんな早めの夕食を済ませていた。 2012年 04月 11日
■月曜日。仕事が昼過ぎに終わってから、新潟駅まで妻に送ってもらい、新幹線で東京へ行く。目的は、歯医者。とは言っても、予約は明日で、今日は何もなし。 関内のホテルにチェックインしてから、モヒモヒくんと飲みに行く。桜木町の安い居酒屋で飲んだり食べたりした後、ホテル・ニューグランドのバーへ。ビール一杯で長く粘る。こんなところ高いんじゃないかとモヒモヒくんは心配していたが、2人で2千円ちょっと、ここは僕の奢り。 牛丼食べてからモヒモヒくんと別れ、関内のホテルに泊まる。 ■火曜日。歯医者は夕方なので、時間がたくさん空いている。みなとみらいの辺りを散歩してからホテルをチェックアウト。上野に出て国立博物館を見る。 何とか時間をつぶして虎ノ門の歯医者へ。始めにカウンセリングをしてくれた後、撮影したレントゲン、CTスキャンを見ながら説明してくれる。ここはマイクロスコープやラバーダムも使ってくれるし、まさに最先端の歯医者だ。 ところが料金を聞いて、唖然。2本治して40万円とか。結局、少しは下がって34万円になったが、それでも簡単に払える額じゃない。これが子供や妻のためなら、30万円だって百万円だって払う。「家族を守るために生きる」というのが自分のテーゼだから、そういう事態になったら、懐は痛いが、気分は良いだろう。やるべきことをやったという気持になれるはず。 でも、自分の歯のために30万円。すごくムダな感じ。良い歯医者だというのはわかっているんだけど、諦めて新潟の歯医者で保険で治そうか。今日は検査をしただけで(それでも3万円弱かかったけど)、治療は始まっていないから、まだ引き返すことができる。 2012年 04月 08日
■この人生には楽しいことが多い。今回はより日常的ではあるけれど、自分の大好きなこと。 ・パブ 酒が5割増しくらい美味しく感じられる場所。イギリスやオーストラリアに行ったら、パブなしじゃ夜が終わらない。一人でも楽しいけれど、妻や友達と一緒なら、なおのこと。シドニーの「オーストラリアン・ホテル」で飲んだアンバー・エールの美味しさ、それだけのためにシドニーまで行く価値もあろうというものだ。 日本やアジアでなら、ホテルのバーが好き。やはりホテルという場の安心感だろうか。印象に残っているのは、北京にあるホリデイ・イン テンプル オブ ヘヴンのバー。ロビーの真ん中にある開放的なバーで、ロビーの客から丸見えなのだけど、その開放感が気持いい。北京という街で一番好きな場所が、このホテルのバーかもしれない。 これからは日本のホテルのバーを少しずつ覗いてやろうかと。 ![]() ・海外ドライヴ 運転自体が好き。これが海外でのことになると、面白さが10倍増しになる。ハワイやカリフォルニアの開放的な風景。イギリスやイタリアの郊外の美しさ。 ・スノーケリング スポーツをするのが大嫌いな僕でも楽しめるスポーツ。要は、水族館ではなく自然の中にいる魚を見たいだけなんだけど。サイパンではウツボを見たし、ハワイ島ではウミガメを見た。 スクーバは沖縄で体験ダイビングを一度だけ。免許を取ろうと思いながら、そのままにしているのは、心の奥底に海への恐怖があるからだと思う。 ![]() ・ビリヤード なぜか好きなゲーム。面白いけれど、それだけだと間が持たないので、雰囲気の良いバーで酒を飲みながらやりたい。 ・プロ野球の生観戦 野球というスポーツのまったり感、だらだらなテンポ。観客がビールを飲むために存在するとしか思えない。手に汗を握らないところが野球の良さじゃない? 屋外の方が気持いいけど、好きな球場はやはり札幌ドーム。 ![]() 子供達が寝た後、妻と二人並んでアメリカのドラマを見ること(うちにはテレビがないので、パソコンで見る)。ポテトチップスとビールを口に運びながら、感想言ったりする。一日を無事に終えた幸福感が沸き上がってくる。 これまで一番面白かったドラマは「Prison Break」(特に、シーズン1)。あと、「LOST」。 ・映画館 子供が生まれてから一度も行ってないけど。暗闇でドキドキする。近日上映の予告の流れている時間が一番好きかも。 ポップコーンは食べるためとスクリーンに向かって投げるための両方に必要。盛り上がってきたら、辺りにぶちまける。 ・バンド活動 スタジオで練習を重ね、ライヴハウスや公民館や文化祭でのライヴ。会場を押さえ、楽器屋にPAやドラムのレンタルを頼み、印刷屋でチケットを刷って、それを知り合いにむりやり売りつける。実に面倒くさくて、楽しいことだった。リアルタイムでやっていないこと(たぶん、これからもやる予定のないこと)を書くのもナンだけど、その楽しさは今もリアルなものなので。 ・小説を書く 自分の世界を想像するのだから、それはもちろん楽しい。誰に読ませなくても、自分自身一人のためにだって書かれるべきものだ。 と、楽しいことはいろいろあるけれど。やはり一番楽しいのは、家族といることだ。子供達の不思議な発言に妻と顔を見合わせて笑う時。これ以上のものはこの世界に何もないなと思う。 2012年 04月 07日
2012年 04月 05日
■風が止んで何より。昨日は休みだったんだけど、空港のことが気になった。飛行機飛んでるかなと、一日何度もiPhoneで確認したりして。 ■今日も仕事休み。家族で外に出て、中央区米山のディーラーに車を持ち込んだ。駐車場が満車なので、どうしたものかと思っていると、お姉さんが車まで飛んで来てくれた。ブラブラしているサイドミラー、危なっかしいから仮止めしてくれと言っても、昨日の東区の店は即座に断りやがった。今日の店はこっちが何を言わずとも、強力なテープで固定してくれた。この店でお金を使おうという気になった。 ありがたいことに夕方にメーカーから部品が届くということで、そのままドライヴに行く。最初、新発田城に行こうと思っていたのだけど、道を間違えたので、新潟市内の天寿園へ行く。日本庭園と中国式庭園のある公園で、ぐるっと一回りするだけで、けっこう面白い。 うちの近くのはま寿司で昼食。午後は、新潟せんべい王国を見に行く。せんべいの作られる様子を見学しながら、たくさん味見もできる。しかし、よその子はまるで興味を持たないか、ちょっと眺めて終わり。うちの子だけがいつまでもガラスにへばりついて、作業服のおじさんがせんべいを焼く様子を眺めている。親バカながら思う。うちの子、絶対頭良いよなと。 夕方、一人でディーラーに行き、無事にサイドミラーの修理完了。四万円超也。 2012年 04月 05日
■新潟に来てから感じていた長野との違い。日に日に大きくなる。僕も妻もだいたい同じ印象。長野の人はやや過剰なくらい親切な人が多い。新潟の人はあっさりとクール。それぞれ良いところがあるのだろうけど。 車のサイドミラーが壊れた。仕方がないので、新潟市内のホンダのディーラーに行く。これが長野のいつもの店だったら、 ①車を駐車場に停めた時点で店員が中から出てきて、車の前でお出迎え。2回目以降は名字で呼んでくれる。 ②店員が率先して双子と遊んでくれる。 ③用件が済むと、店の外まで出てきて、僕の車が見えなくなるまで見送ってくれる。 あまりにも完璧な応対に、僕はホンダにロイヤリティーを感じていたのだけど。新潟のホンダは全然別だった。車を停めても誰も出てこないのは、まあ仕方ない。しかし、店に入っても、店員がたくさんいるのに、「いらっしゃいませ」もなし。こっちがカウンターまで来て、やっと顔を上げる。何かを頼んでも、最初に「できません」が来て、その後に言い訳がぐだぐだと。双子のことなんてガン無視。夏タイヤに変えるだけでえらく長い時間がかかり、それについてもやっぱり言い訳ばかり。こんなところで修理したくないと思い、サイドミラーをそのままにして家に帰ってきた。 ここだけだったら、仕方ないんだけど。新潟のお店は気の利かないところが多いので、他のディーラーもあまり期待できない。修理するために長野まで行く? まさか。 双子が車の中で昼寝した後、新潟県政記念館を見に行く。かつて新潟県会議事堂だった擬洋風建築。ここの受付のお姉さんはとても親切で、双子に(合うスリッパがないから)土足のままでいいよと言ってくれたのだけど、子供達はちゃんとスリッパに履き替える。そのスリッパを階段の上から投げ捨てて遊ぶ。(周りに他の人もいなかったから)怒る気にもならない。 にほんブログ村 2012年 04月 02日
■シュンが(いつものことながら)朝から騒いでいる。夢を見たらしい。 「暗いところに行ったら、めっきらもっきらどおんどんのおばけがいた。だけど、パパと一緒だから怖くなかった」 胸が熱くなる。愛おしい。 にほんブログ村 2012年 03月 31日
■毎日、雨雨雨雨雨ばかり。いいかげんにしろと言いたくなってくる。 今日は、妻は家のこと。僕は双子を連れて外出。朱鷺メッセの展望室から、雨の新潟を見る。案内のおばさんが僕に話しかけてきて、しばらく立ち話。その間、ジュンは展望室のガラスにへばりついたまま。行こうと言っても、なかなか動かない。水族館などでもそうだけど、ジュンの方がシュンよりもこういうものに集中力があるな……。 イオン新潟店に行ったら、たて壊しの最中だった。子供達は車の中で寝てしまったが、イオン新潟東店に行く。駐車場でしばらく待っていると、やがて起き出した。フードコートでラーメンを食べる。ゲームセンターにあるメリーゴーラウンドに乗った。ここのイオンはおもちゃ売り場にもゲームセンターがあって、そこには太っ腹にも30分まで無料の遊び場がある。ボールプールや滑り台やプラレールも置いてある立派なもの。そこで双子を遊ばせていると、かわいい女の子が僕に話しかけてきた。年齢を訊くと、5歳だというが、彼女は僕から離れようとしない。僕としては、シュンやジュンと遊んでもらいたいのだけど、彼女の関心は主に僕に向いていて、プリキュアのカードを見せてくれたり、お料理ができましたよとおもちゃを運んできたり。綺麗な顔をした2歳の弟もいて、僕がシュンやジュンと一緒にかまうと、楽しそうにしていたものの、親は何してるんだ。 ■横浜に住んでいた頃のママ友、向こうも双子の親なのだけど、来月、うちの団地の隣の棟に越してくるという。新潟に来てから、まだママ友を見つけていない妻にとっては朗報。そして何たる奇遇。同じ双子の親で、しかも子供の年齢も一緒。これは心強い。 にほんブログ村 2012年 03月 30日
■家族で外出。江南区にある北方文化博物館を見に行く。昔の豪農の館をそのまま博物館にしたもので、内部はとにかく広い。囲炉裏には本当に火がついていて、茶釜が湯気を上げている。置時計やら雛人形やらトキの剥製やらもある。縁側から見る日本庭園も美しく、居心地の良さに腰を落ち着いてしまいそう。双子もだだっ広い部屋に大喜びで、他の客もいないのをいいことに好き勝手に走り回っていた。 この館以外にも、極めて珍しい正三角形の茶室などもあり。建築好きとしては、なかなか面白い博物館だった。敷地内のレストラン「ウィステリア」で昼食。普通においしいけど、子供向けではない。パスタがかなり辛い。デザートのサービスがあるというのでメルマガに登録したけれど、たぶんもう行かない。 新潟はなかなか気持よく晴れないな。一日一回は必ず雨が降るみたいな感じ。 ![]() にほんブログ村 2012年 03月 29日
誰だって海外に住みたい。 ……というわけでもないらしい。確かに日本に住んでいることにもメリットはある。言葉に不自由しないのはありがたいし、習慣だってマナーだってだいたいわかっている。普段食べ慣れた物をおいしいと感じるのも、人間の性質。近頃は物騒だと言っても、海外との比較で言えば、日本はまだまだ安全に生活できる国には違いない。 だけど、それだけじゃつまらないじゃないか。2年ごとに引っ越しているので、そのたび新しい土地を探検しているけれど。日本も北から南まで主だったところはだいたい見ちゃったかなという印象。海の向こうにはまだまだ(自分にとって)白紙の土地が広がっているというのに、なんとももどかしい。 2008年。四ヶ月の短期間だけど、韓国での任務を命じられた。双子を妊娠中の妻を日本においていくのは心配だったけれど、助けてくれる人はいるし、仕事なのだから、行くしかないだろう。最初に挨拶に訪れた在ソウル日本大使館では、在留届を出すように言われ、これで間違いなく韓国在住者。 白地図に色を入れるような日々が始まった。これまで一度も韓国には来たことがなかったから、すべてが未経験。ソウル市内のマンションに住みながら、近所のスーパーや飲食店をひとつひとつ「知っている場所」に書き換えていく。これまで知らなかった美味い食べ物、面白い物がこの国にもたくさんあるのだった。僕が住んでいたのは酒を飲む店も多い繁華街の一角で、夜になると、酔っぱらいのわめき声、戦いの鬨の声も部屋まで聞こえてくる。これも日本にはないこの国のワイルドな一面だった。一度などは、酔っぱらいが僕の部屋のある階にまで入り込んできて、一人で泣いていた。「オンマー、オンマー(母ちゃん、母ちゃん)!」うんうん。わかるよ、その気持。 仕事のない日はバスや電車に乗って知らない街へ行く。音楽を聴きながらバスに揺られている時の圧倒的な自由、誰も僕を知らない。現地の寺や史跡を覗き、どきどきしながら地元の料理店に入る。自分はこういうことが心底好きだと知った。 思わぬ楽しさがあったのは、語学学校の方。世界中から集まった連中と一緒に韓国語を学ぶ。みんないい大人だから、授業が終わった後はビールを飲みに行く。その中の数人はとても仲良くなれた。カナダから来たハンサム。モスクワ出身のとんがった女の子。アゼルバイジャンの美人妻。中国人の優しい女の子。留学経験はないけど、留学の真似事ができた。 以来、韓国には一度も行ってない。けれど、自分の暮らした麻浦区は今も自分の街。いつかまた海外で生活するだろう。白地図に自分の足跡をいっぱい付けてみたい。 ![]() 2012年 03月 28日
誰にでもわかりやすい贅沢のアイコン。それがリゾートホテル。もちろん僕も大好きだ。太陽の下、青く輝くプールと並ぶデッキチェア。この時、「プール」という単語は、ごみ処理場の隣にあって浮き輪の小学生達が走り回るそれとは、まったく別の意味合いを帯びる。我々が求めているのは「リゾートホテルのプール」という記号であり、水に浸からずともデッキチェアに横たわって、「自分は今リゾートホテルにいるのだ」と唱えるだけで、不思議や不思議、寿命が延びる延びる。 というわけで、リゾートホテルにはプールが不可欠……とまでは言わないが、あった方がいい。子供連れで泊まるなら、なおのこと。子供とは、水に浮かんでさえいれば満足で、その夜も早く寝てくれるという生き物である。リゾートホテルにおけるプール的側面から言えば、個人的に最高だったのが、沖縄のマリオット。ホテルに着いた頃にはもう陽が落ちかけていたが、自分が妻に無理を言ってプールに繰り出した。大正解だった。たっぷり遊んだ後、沖縄の海に陽が落ちていくのを見ながら、僕と双子は屋外のジャグジーに浸かり、妻が少し困ったような顔をしながら、携帯で僕らの写真を撮っている。人生に燦然と輝く幸福のひととき。実に正しい金の使い方をしたという実感があった。 リゾートホテルでの食事は、やはりビュッフェレストラン。これがまた楽しい。男の子なら、誰だって狩りが好きのはず。ビュッフェは男達の古代の記憶を呼び覚ます戦いの場だ。山海の珍味を前に、みんなが皿を持ってあたりを右往左往。同じ獲物を狙う客の間に静かな殺気が流れ、そこに駆け引きが発生するのである。ローストビーフが欲しいのに、前の客がもたついていたりすると、「早くしろっ。ぶち殺すぞ」とか言いたくなりません? 以下、好印象だったリゾートホテル。どれもお値段の安いところばかり。 ![]() とにかくプールがでかい。沖縄県内で最大という話も。朝食のビュッフェもメニュー豊富。部屋もとても綺麗。 ![]() 森に囲まれたコテージ。ベランダからの眺めは絶景、猿が枝を移動しているのも見える。森の中のプールはとても気持ちいい。 ![]() コテージの前が雄大なエーヤワディー川の船着き場となっていて、いつでも貸し切りのボートでクルーズを楽しめる。 2012年 03月 27日
■おそらくロックフェスよりも多くの人の興味と関心を呼ぶであろうこと。豪華客船でのクルーズ。時には「タイタニック」や「ポセイドン・アドベンチャー」など洋画を通して僕らはその世界を垣間見たりしてきた。「タイタニック」は非常によくできた映画だが、それにしても歴代興行収入一位という圧倒的な成功(現在は「アバター」に抜かれて二位)は大衆の豪華客船への憧れを抜きに達成できなかっただろう。というより、あの映画の本当の主人公は美しく航行し、無残に沈んでいく船そのものだものね。 機会あって、僕も豪華客船に乗って太平洋を横断してきたわけです。アラスカのウィッテアーで船に乗り、コディアック島やロシアのペトロパヴロフスク・カムチャッツキーに寄航して、室蘭で船を下りる。仕事で乗ったから、昼間は船員との会議や作業で忙殺されたし、揺れる船の中で書類に向かうために船酔いもした。カムチャッカあたりは波も荒く、全長300mの巨大船だってそれなりに揺れる。そういう時は仕事を翌日に回して、ただベッドに転がっているしか耐える方法がない。 でも、豪華客船の面白さも充分味わった。その実は、ある意味ロックフェス以上に自堕落。4千人の裕福な暇人を満載した船は至れり尽くせりだ。船のビュッフェレストランは昼間ならいつだって無料で飲み食いができる。デッキには温水プールやジャグジー、テニスコート。ルーレットやコインゲームで遊べるカジノだってある。デッキで潮風に吹かれつつ、外国の街やら氷河やらを眺めながらシャンパンを飲むのは、これ以上ないというくらいの贅沢な時間だろう。そして、どこかの港に着くたび、暇人達は群れをなして遊びに出かけるのだ。 夜もまた良い。レストランでワインを飲み交わし、シアターでミュージカルなども見られる。(客の大半を占める)老人達が寝てしまった後、誰もいない甲板で見るのは真っ黒い海と満天の星々。身を切るような空気の中、黒い海を見ていると、自らが吸い込まれていくような不思議な気持になる。 船員や乗客とも親しくなったけれど、こんな船の乗客達は日常生活では僕などと接点のない人達だろう。毎年クルーズをしているという日本人の奥さんもいたが、それより驚いたのは一年の半分をカリフォルニアで過ごし、残り半分は船に乗っているという韓国人夫婦。僕は一生そんな身分になることはできない。でも、こういう世界はたまに覗くことができればそれでいいんですよ。いつか、ぜひプライベートで豪華客船に乗りたいと思っているのだけど……。 ![]() ![]() 2012年 03月 26日
■まっとうなことなんか書くわけがない。家庭や子育てはもちろん楽しいし、仕事だって楽しい。でも、そんなこと書いたって面白くないし。もっと即物的なこと、退廃的なこと。無意味な贅沢について。これは面白かったということを、あらためて書いておきたくなった。いつもこんな楽しいことばかりやっていたんだよと、自分自身が覚えていられるように。 その①。海外ロックフェス。自分の音楽的趣向で言えば、ロックフェスというよりメタルフェス。一日中屋外にいて、ビールを馬のように飲み、ヘヴィメタルを猿のように聴く。腹が減ったら、屋台で糞まずいハンバーガーやヌードルを買い、飽きたら、そのまま地面に叩きつける。食べ物をとことん粗末にするのが、なんとも言えず楽しい。おかげで、地面は中華麺やらフレンチフライやらで足の踏み場もないほど。腰を下ろすのも躊躇われるくらい汚い。だけど、誰も気にしないみたい。酔っ払い過ぎて、泥に半分埋まりながら寝ている奴もいる。 トイレはあるけれど、みんな使わない。会場の隅で立ち小便をする。女の子だって、人から見える場所でパンツを下ろして用を足している。いつのまにか、みんなの小便が溜まりになっている。気をつけないと、小便の池に足を踏み入れる(僕は踏み入れた)。 メタルのマーチャンダイズばかりの大きなマーケットがある。これを漁るのもメタルフェスの楽しみ。夜になると時差もあってふらふらになり、後はテントで寝るだけ。夏なのに、夜はかなり冷える。雨も降るし、ちゃんとした装備をしていかないと、ひどい目に遭う。 これまでドイツのWACKEN OPEN AIR、オーストラリアのSOUNDWAVE FESTIVAL、フランスのHELLFESTに行った。この世界にこんな自由な空間があったことに感動し、病みつきとなり、今年はイギリスのDOWNLOAD FESTIVALに行こうと思っていたんだけど。ホテルまで予約したのに、今年は無理みたい。仕事は転勤したばかりだし、双子も物心がついて僕がいないと寂しがるようになった。METALLICA、BLACK SABBATH、NIGHTWISHとか、みんな見たかったな。 とは言え、今後二度と海外メタルフェスに行く機会がないとしても、この3つに参加できたことだけで満足。一度だけでも、そこがどんな世界か知っておきたかった。今度何度行っても、(楽しいだろうけど)それはこれまで経験したことの繰り返しでしかないだろうと思う。 ちなみに、日本国内にも新潟県内にもロックフェスはあるけれど、全然そそられない。音楽的趣向が合わないのもあるけれど、クリーンなフェスっていったいなんですか? ![]() IRON MAIDEN、MOTLEY CLUE、ALICE COOPER、ORPHANED LAND等を見る。 ![]() IRON MAIDEN、KYLESA、DIMMU BORGIR、DEVILDRIVER等。 ![]() OZZY OSBOURNE、JUDAS PRIEST、SCORPIONS、IN FLAMES等。 2012年 03月 24日
■妻が家を片づけるというので、僕は双子を外へ連れ出した。まずは、前から行ってみたかった新潟市歴史博物館(通称・みなとぴあ)へ。敷地内にある擬洋風建築の旧新潟税関庁舎を見たかったのだが、それよりも旧第四銀行住吉町支店が良かった。今はレストランとして営業しているのだが、ホール全体が吹き抜けとなっているので、とても天井が高く、二階部分にバルコニーが巡っている。とてもゴージャスな雰囲気。ランチでもそれなりの値段なのだが、一度はここで食事してみたい。近代建築によくあることだが、洋館の造りなのに、二階には和室もある(ここはレストランの営業範囲ではないので、自由に見学できる)。双子は異常にはしゃいで畳の上を走る。今にも障子を破きそうだったので、早々に退散。 ![]() ここから15㎞くらい離れた西区のプール、アクアパークにいがたへ。今後も来るかと思って、回数券を買う。まずは館内のレストランでラーメンやホットドッグの昼食。プールに入るが、今まで慣れ親しんできたサンマリーンながのと比べると、格段に狭い。あっという間に一周できてしまう流水プールと子供用プール、それに温浴施設。客はそれなりに来ていたので、人口密度は高い。ジュンはナーバスになっているようで、僕にぴったりくっついて離れようとしない。 外にあるジャグジーでは3人で大はしゃぎしたものの、プールに戻る時、シュンが転んで木製のボードに後頭部を打つ。もちろん大泣きしたので、そのままプールを出た。更衣室を挟んでプールの反対側にある大浴場も入ってみたが、双子は遊ぶだけで湯に浸かろうとしない。これもさっさと出た。 双子は帰りの車の中で熟睡。やっぱりプールは疲れるんだろうな。 夜の家の風呂では、シュンが風呂場の蛇口に指を突っ込み、その蛇口をジュンが引っ張ったために、シュンは指を怪我。かわいそうだったけど、なぜそんなところに指を入れるのか、いらんことばかりで、少しいらっとする。ともかく骨には異常がなかったようで良かった。 2012年 03月 19日
■家族でマリンピア日本海へ。家からそんなに遠くないので、年間パスポートも作る。大人の入場料は1500円で、年間パスポートは3500円なので、3回行くだけでモトが取れるだろう。 この水族館に来たのは、もうこれで3度目。1度目はもう15年も前の話で、当時の恋人と。2度目は6年前に妻と行ったのだけど、その時はまだ子供はいなかった。僕は各地の水族館にかなりたくさん行っている方だけど、好きかと訊かれたら、別にそうでもない。どこに行っても、ほとんど同じだし(ジンベイザメのいる美ら海水族館などは別格)。でも、子供達は夢中になって水槽のガラスにへばりついている。この子達にとっては、何もかもが目新しいのだろう。平日だというのに、ハイライトのいるかのショーは大混雑で、見る場所がないので、今度の機会にすることにした。外のスタジアムなら余裕の人数なのだが、今頃の新潟はまだ寒いので、屋内のホールでいるかのショーが行われるのである。 水族館の中のレストランで昼食。シュンは気持よく食べるが、ジュンは食事に集中しない。甘いものばかり食べたがる。帰り、車の中で双子が寝たので、ユニクロに寄ってワイシャツを買った。 2012年 03月 18日
■新潟市内の新潟ふるさと村へ行く。フードコートのラーメンやコロッケを昼食にし、子供用の遊具で双子を遊ばせる。よその子供達がすごい勢いで遊具の階段を上がっていくのに、うちの子、特にシュンは慎重なのか恐がりなのか、あまり積極的に遊ぼうとしない。池の鯉を見る方が良いらしい。ここには博物館施設もあって、昔の街並みの再現やジオラマに双子は大喜び。二人とも知的な子に育つんじゃないかという素養を感じるのは、ただの親バカかもしれない。 夕食は家で焼肉。本場式にやろうと、ホットプレートを傾け、肉の油が流れてくる下流でキムチを焼く。サンチュにコチュジャンを塗って、肉とキムチとネギを巻いて食べれば、いやあ美味い美味い。チリのワインも飲んだ。 しかし、新潟って風つええな。毎晩が嵐だよ。 2012年 03月 15日
■昨日、出勤する時。いつものようにヘッドフォンを耳に当てて歩いていたら、妻からiPhoneに電話。 「後ろを振り返って」 言うとおりにすると、後ろから追ってくる双子。遊んでる途中で、僕の姿を見かけたものらしい。跪いた僕の胸に次々に飛び込んでくる。しばらく一緒に歩いて、僕は職場へ向かう崖を降り、妻と双子は崖の上から僕を見送った。 仕事している時間が本当にムダだよな。一日8時間45分×週5日。時間の切り売り。これがなければ、どれほど有意義な時間を過ごせることだろう。 子供と遊んだり、 妻と話をしたり、 缶ビールを飲んだり、 街を散歩したり、 へヴィメタルを聴いたり、 際限のない空想にふけったり。 学生時代は夢のようだった。学校に行かず、勉強せず、スポーツもせず、バイトもせず、ただひたすら無為。ベッドに横たわって天井を見つめ続けていた。それがあの頃の自分のしたいことだった。その通りにした。すごく満足している。 にほんブログ村 2012年 03月 14日
■うちの近くのセブンイレブンに行ったら、なんと農心の너구리(ノグリ)カップラーメンが売っている。韓国にいた頃、たまに食べたインスタントラーメンのカップ麺バージョン。もちろん買ってきた。 お湯入れて食べてみると、辛いな……。そして、思い出した。너구리インスタントラーメンには辛いのと辛くないのがあって、僕がもっぱら食べていたのは、辛くない方だった。本物の昆布が付いているところはこのカップ麺も一緒。これで自然な優しい味の出汁が出る。独特な麺のコシもそのまま、異国で暮らした日々のノスタルジーに満足。 妹が韓国に行くたびに買ってきてくれたお菓子、Market O リアルブラウニーもいつのまにか日本のコンビニで売っている。韓国の味がここ日本でも楽しめるのは良いこと。だけど、本当はやっぱり韓国で腹いっぱい韓国を食べたい。 ■日本以外で暮らしたいです。けっこう切実に。 にほんブログ村 2012年 03月 07日
■火曜日。長野の家に引っ越し業者がやってくる。家の中の細かいことは妻でないとわからないので、妻が業者との対応に当たり、僕は双子を連れて役所の手続きなど。昼にはすべての荷物がトラックに積み込まれ、僕は宿舎の管理人とやりとりをする。退出した部屋の掃除、ゴミの廃棄などは、お金を払って、業者にやってもらうことになった。長野は良いところだったけれど、この家は最悪だったので、これで手が切れるのは本当にありがたい。暗い・狭い・夏はやたら暑くて冬は異常に寒い・一階なので眺めが悪い・収納の天井が汗ばむほど湿気がものすごい・壁がカビだらけ・浴室のペンキが剥がれて落ちてくる・暖かくなるとゲジゲジやナメクジなど虫が部屋に出る。住人はいい人ばかりだったんだけどねえ。 長野での最後の食事は、やっぱりキャナリィ・ロウで。メトロポリタンホテルのランチビュッフェもいいかなと思ったのだけど、あそこに行くと双子はロビーで走り回り、激しく遊び出すので、回収するのに時間がかかるだろう。今日はあまり時間の余裕がない。 前菜いろいろやパスタを食べて、ケーキも3種類平らげ、思い残すことなく、長野を後にする。新潟市までは約3時間。愚図っていた双子はほどなく眠りに落ちてくれた。彼らが目を覚ましたのは、もうホテルに到着する十分前だった。 信濃川沿いの新潟グランドホテルに宿泊。部屋はなかなか広い。ホテルの中の中華レストランで夕食。この前行った台湾の名店よりも、こっちの方が美味いな……。 ■水曜日。信濃川を見ながら朝食を食べ、新しい家へ。宿舎の管理人の事務所がなかなかわからず、業者が引っ越し作業を始める時間に少々遅れてしまう。はたして彼らは家の前で僕らを待っていた。 今日の指揮も妻が担当する。僕は双子を三輪車で遊ばせたり、空港に連れていって飛行機を見せたり。新潟の空の色は洗いざらしのように薄く、こんなところまで来てしまったというような、さいはて感を覚える。 昼には業者の作業も終わり、回転寿司で昼食。後は、中を自分達で片付けるだけだ。同じ階段のうち在宅していた何件かに挨拶も済ませ、引っ越しの面倒くさい部分の大方が終わって、少しほっとしている。 今度の家は明るく暖かい。窓の外には海と飛んでいく飛行機。(前の家がひどすぎたということもあるかもしれないが)現時点では、わりと気に入っている。 2012年 03月 05日
■長野での仕事を2月末日に終わり、その夜の職場の送別会ももちろん出席した。長野駅前のビル最上階にある居酒屋は、4年前に長野に応援に来た時にもYさん達と飲んだ店。長野の最初と最後が同じ店になるのは、ちょっと感慨深い。その後、4月に北海道に異動するYさんと二人だけの二次会。店の前で握手をして別れた。 新潟での仕事は3月9日から。自宅で双子の相手をしたり、引っ越しの準備をしたりで日々を過ごしている。昨日はワイナリーのサンクゼールで昼食。ソーセージなどを食べ、ワインも少しだけもらう。小布施に出て、引っ越し先で近所に配るお菓子を買った。 今日は双子をプールに連れていき、夜はかっぱ寿司。この家で眠るのも、今夜が最後となる。 2012年 03月 03日
■Cambridge Hotelでの垢抜けない朝食を摂り、朝の観光へ。台南での見るべきものの大半はこのホテルの周辺に集まっている。まずは赤崁楼。17世紀のオランダによる台湾統治時代、オランダが建設した要塞であるが、今は台湾の国家一級古蹟であり、台南を代表する観光地となっている。美しく整備された庭に、中国風の城が建っているが、これはオランダによる建築ではなく、清朝が征服した後に建てられたものとか。中に入ることもできるが、少々の展示物があるのみで、がらんとした様子。 ![]() ホテルをチェックアウトしてから、海に近い安平までタクシーで行き、安平古堡を観る。これも赤崁楼と同じくオランダによる要塞なのだが、向かう道には屋台が並び、すごい人混みで、祝祭的な雰囲気が漂っている。これも建築自体はオランダ統治時代のものではなく、日本軍による洋風建築だということだ。大砲なども飾られているが、これはどの時代のものなのかは、よくわからない。オランダには2度行ったことがあるが、現代のオランダは美しい小国といった風情で、こんな東方の辺境まで侵攻してきたという史実とは、にわかに結びつかない。 タクシーで台南駅に戻り、台鉄(普通の特急)で台北に戻ろうとするも、到着は夜の7時30分になるとのこと。遅すぎる。一度は切符を買ったのだが、キャンセルして、タクシーで高鉄の駅へ行く。また10キロほどの道のり。でも、これだと5時に台北に着ける。 雨がちの台北。この日のホテルは不思議なところだった。住所を訪ねていくと、西面の繁華街のど真ん中にあるデパート。どうなってんだ?と思うと、入口が別にあって、中はホテルになっている。窓の外は渋谷センター街のような賑わい。インテリアも独特で、白と黒で統一され、スタイリッシュという言葉が浮かびそうな感じ。 台湾の最後の夜は、有名店の欣葉で。道に迷っていると、「欣葉行くんでしょ?」と、日本人のおじさんが道を教えてくれる。「あそこも味落ちたよねぇ」などと余計なことを言いながら。でも、本当にあまり美味しくなかった。鶏の炒めものとか、エビの炒め物とか、いろいろ食べたのだけど。豚足が一番美味しかったかな。それでも、韓国で食べたチョッパルの美味しさが忘れられないのだが。 最後の夜だというのに、身体がひどくダルく、気分も憂鬱になってしまい、どこにも飲みに行かないで、ホテルの部屋で過ごす。どうでもいい話をしながら。もったいなかったけど、まあ仕方ない。 ■台湾から帰る日。観光地の九份を見に行こうかと思っていたけど、外はざあざあ降り。ホテルで朝食を食べながら、憂鬱な気持になる。 久しぶりに、故宮博物院に行ってみる。だけど、時間がない。士林駅からタクシーで博物館に乗りつけると、あまりにも有名な白菜&豚の角煮は長蛇の列。僕は前に来た時に見ているし、モヒモヒくんも別にいいと言うので、他の陳列物を適当に見る。やはり良い博物館だな。面白いものが多い。と言いながら、30分ほどで外に出る。この日、ここを訪れた観光客の中でも、僕らは滞在時間最短の部類に違いない。 ホテルをチェックアウトしてから、まだ今夜の宿が決まっていないモヒモヒくんにつきあい、僕が来るまで彼が泊まっていた城美ホテルに行く。部屋は空いていた。窓もない、狭い部屋だが、いかにも彼向きだ。 新光三越の地下のフードコートで牛肉麺を食べてから、モヒモヒくんと一緒に松山空港に行く。空港のロビーでセブンイレブンのおでんを食べながら、ゴールドメダルを飲んだ。ゲートの前で、台北でもう一泊する彼と別れる。飛行機に乗ったら、帰りはあっという間だ。二時間半で羽田空港に着く。 帰りの飛行機で、映画「タイム」の残りを見た。いやぁ、つまらなかった。キリアン・マーフィーがあいかわらず格好よかったけれど。 2012年 02月 26日
■雨の日曜日。台北駅から高鉄に乗る。高鉄とは台湾の新幹線で、車両は日本の新幹線をそのまま使っているらしい。台中までは順調だったが、駅と駅の途中で長く止まる。台南で地震があったとかで、安全確認のために止まっているらしい。走り出してはまた止まるの繰り返しで、僕のイライラも頂点に達し、目的地の左営に着いたのは二時前であった。台北から丸三時間かかったことになる。その代わり、というわけじゃないだろうけど、こっちでは曇っているものの雨は降っていない。 左営駅の駅ビルのフードコートで昼食。蚵仔煎と台南名物の担仔麺を食べる。けっこう待たされた挙句、やっとできたと思ったら、僕はよろけて担仔麺のスープをこぼし、モヒモヒくんのズボンをびしょびしょにしてしまった。ツイてない。 気を取り直して、観光に行く。高雄の見所といえば、何を差し置いても、蓮池潭だろう。左営駅からタクシーで蓮池潭に乗りつけると、周囲に溢れる観光客の大群に出くわす。その一方で、目の前の道路を親子4人(!)で一台のスクーターに乗っていく姿などみると、あいかわらず台湾は台湾だなという実感が湧く。蓮池潭は池というよりも湖というべきもので、畔には二本の塔が立ち、巨大な竜と虎のハリボテが座している。竜の口から胎内に入り、虎の口から出てくると、善人になれるとか。僕は特に善人になりたいとは思っていないのだけど、とりあえず定められたコースを歩いてみる。竜と虎の胎内には、宗教的な絵がびっしり描かれている。 ![]() 今夜の宿のCambridge Hotel(劍橋大飯店)は中級ホテルだが、ロケーションが良い。台南の観光地の大半が周囲に集まっている。荷物を下ろして一息つきながら、テレビを点けると、今日の地震のニュースがやっている。崩れた陳列棚の映像。すごく嬉しそうに、(ほとんど目を輝かせて)地震の時の様子を説明するおじさん。この地震のせいで高鉄が止まり、僕らが高雄を観光する時間が少なくなったわけだ。 多少元気を取り戻したので、夕食を食べに行く。台南のもっとも有名な寺廟である天壇がまばゆくイルミネーションに輝いている近く、目当てのレストランに行ったが、ここは満席だった。付近のもっと庶民的な店で肉粽を食べる。これがかなりのボリューム、いかのスープ、さらに魚団子のスープも飲んで、今夜の夕食は手軽に終わり。ビールも飲んだのに、一人200台湾ドル(約550円)で済んだ。 巨大なダイナスティー・ホテルまで歩き(遠い…)、ここのナイトクラブで飲む。雰囲気は妖しいが、値段はやたら安い。今夜もゴールドメダル、おつまみはクリスピーチキン。結局は、やっぱりこの時間だよな。 2012年 02月 25日
■前日の夜、新幹線に乗って東京に出る。馬込の東京インに泊まる。ポイントも使って、一泊二千円ちょっと。部屋が煙草臭いが、値段が値段だから仕方ないだろう。 土曜日。羽田空港から台北へ出発。羽田空港の国際線ターミナルを使うのは初めて。約4時間で松山空港に到着する。機内では映画「タイム」を観たが、最後まで観終わらないうちに、台湾に着いてしまった。時間が貨幣となった近未来が舞台のSF。帰りにまた観よう。 台湾に来たのは2度目だが(トランジットホテルで一泊したのを含めると3度目)、この空港から入国するのは初めてだ。これが街の中心部にとても近い空港で、MRT(地下鉄)で15分ほどで台北駅に着く。ここから今夜のホテルへと歩く。今日の台北は雨。台北の商店街は雨をよけられるアーケードになっているところが多いので、助かる。今日泊まるLOOK HOTELに着いてみると、チェックインは3時からとのこと。一時間以上時間を潰さなくてはならない。このホテルで落ち合うはずのモヒモヒくんに書き置きを残し、街に出る。総統府を観にいくが、雨が激しくなり、靴の中まで水が染みてくる。 近くの食堂で、トロトロになるまで煮込んだ豚肉をご飯に載せた台湾の代表的な料理、魯肉飯を食べた後、時間潰しに台湾博物館を観る。面白いものはたいして何もない。向かいの分館には恐竜の化石などもあったみたいで、そっちを見ればよかったな。3時にホテルに戻り、チェックインを済ませる。しばらくすると、モヒモヒくんがやってくる。会えてよかった。連絡方法がないから、無事に台湾に着いているのかもわからなかったのだから。彼は2時頃にもこのホテルに来ていたとのことで、さっき少しだけ待てば、会えていたのだった。 だらだら話をしているうちに5時くらいとなり、夕食を食べに行く。途中、中正記念堂を覗いていく。ここには10年前にも来ているが、今も特に変わった様子はない。敷地内の音楽堂の周りで若い子達の集団がダンスの練習をしているが、蒋介石の像は十年一日のごとく同じ場所に座しているばかり。この子達が老人になる頃にも蒋介石像は今のままだろうか、あるいは台湾と中国との完全併合によって共産党に破壊されているか。 夕食は、文化食堂という店で食べる。店内はレンガの壁にタイルの床、教室にありそうな木の机。昔の映画のポスターが貼られていて、なんとも懐かしい雰囲気。席に着くと、オヤジが牛肉の炒め物、魚の煮物、青菜を運んでくる。ご飯とスープはセルフサービスで、食べ放題だ。なんとも素朴な食堂なのだが、これがなかなか美味い。というか、今回の訪台で一番美味かった料理がこれだった。 ![]() 気持悪かった靴の中も快適になり、台湾と言えば夜市ということで、士林夜市へ向かう。豪雨の中、士林駅でMRTを降り、しばらく歩いてから、士林夜市は士林駅から離れていることをやっと思い出す。ひとつ前の剣潭駅で降りるべきだったのだ。前にここに来たのはもう十年前だものね。屋根のある臨時市場に入ると、中は大変な混雑で、前に進むのもとても時間がかかる。雨が降っている分、客がここに集中したのかもしれない。ここの地下のフードコートで蚵仔煎と雉肉飯を食べる。蚵仔煎は台湾の屋台やフードコートではどこでも見かける牡蠣入りのオムレツで、上から甘辛いソースがかかっている。中には、なんだかよくわからないプルプルしたものも入っていて(後で調べたところによると、サツマイモの澱粉らしい)、これがなかなか美味い。 今日の締めに林森北路のスナックで酒でも飲もうかと思ったが、通り全体が怪しげな雰囲気。ここは日本人駐在員向けの歓楽街で、僕ら旅行者が出入りする場所じゃないのかもしれない。行き着いたのは、シェラトンホテルのバー。店内はかなり賑わっていて楽しい。客の半分近くは日本人じゃないだろうか。たっぷりの量で来たフィッシュ&チップスをモヒモヒくんと分けつつ、台湾ビール・ゴールドメダルを飲む。美味い! 暑い地域のビールらしく、癖がなくて、スッキリ。良い意味で、水っぽい。やっぱりこれだよな。飲むのが一番だ。 |
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